遙かなる大

思うがままに投稿しています。

『ドラゴンボールGT』に憧れて

皆さんどのようにお過ごしでしょうか?。

私は、毎朝5時に起きてゴミ出し、朝食、身支度をして6時30分頃に出勤していた

慌ただしさから解放されて、ゴールデンウィークを満喫しています。

さて、タイトルをみても「何のこと?」と思われます。

孫はアニメ『ドラゴンボール』が大好きです。

アニメでは孫悟飯ビーデルの一人娘で

悟空やチチ、ミスター・サタンの孫娘に当たる。「パンちゃん」の名前を付けて

飼っていたハムスターが数日前に天国に逝ったそうです。

しかし、アパート暮らしでは葬ってあげられる場所が少なく

実家の裏庭に葬りに来ました。

孫は、よっぽど悲しかったのでしょう、私が声をかけられないくらい泣きじゃくり

肩を落として帰っていきました。

生きていれば必ずおとずれる日になります。

 

原作者の鳥山明先生も3月に亡くなられています。

私が、鳥山明先生を知ったのは、二十代の冬に先輩にスキーに誘われ

「この漫画、面白いよ」と週刊少年ジャンプに初掲載された『Dr.スランプ』を

ロッドスチュワートさんの”Do Ya Think  I`m  Sexy?”がながれる

車の中で読んだのを今でも鮮明に思い出します。

 

 

生きていれば必ずおとずれる 日。

 

今日一日は怠惰にならず懸命に過ごしたいと思う次第です。

 

ウソも方便

皆さんはどのようにお過ごしでしょうか?。

タイトルにあるように「嘘」について書いてみたいと思います。

私は、ブログを書いていることを女房に知らせていません。

嘘をついている訳ではなく話せば多分、

恥ずかしがり屋でチョットそそっかしく、生真面目な女房に

「やめて!」と言われると思うからです。

 

さて、

私たちの生活の中で「嘘」は避けられない要素です。

若い頃は、嘘が単純に悪いものだと教えられましたが、

年を重ねると、嘘が人間関係を円滑にするための社会的潤滑油として

機能することも理解するようになりました。

例えば、家族や友人の感情を守るために、真実を少し曲げることがあります。

また、自分の過ちを隠すために嘘をつくこともありますが、

これは自己防衛の一種だと思います。

他人を助けるために嘘をつくこともあります。

社会の中で秩序を保つためにも、時には嘘が使われます。

自尊心を保つためや、自己イメージを向上させるために嘘をつくことも、

人間の心理的な面から見れば理解できそうです。

人々が嘘をつく理由は様々です。

相手を思いやる心から、

自己防衛のため、

または単に楽しむために嘘をつくこともあります。

しかし、悪意を持って嘘をつくことは、人間関係において信頼を失う原因となります。

 

また、

「知らぬが仏」ということわざは、知らない方が幸せであることを示しています。

しかし、私たちは情報を共有するかどうかを慎重に考え、

相手の幸福を最優先にするべきです。

言葉にすることが相手にとって有益なのか、

それとも知らない方が良いのか?。とまぁゴチャゴチャ書きましたが、

ゴールデンウィークの初日に

チョット罪悪感を感じながら記事を投稿している次第です。

私の地方は曇り空です



宜しければ、感想とかコメントを頂けたら幸いです。

 

 

 

 

白無垢と綿帽子と

皆さんどのようにお過ごしでしょうか?。

朝方の猿田彦神社

 

私たち夫婦は、昨日、伊勢市にある猿田彦神社で姪の結婚式に参列しました。

小さい頃のお転婆さんが、今は花嫁さんです。

白無垢に綿帽子の花嫁衣装を遠めで見ながら

感慨深いものが込み上げて来ます。

さて、パンデミック以降、挙式を挙げる人が少なくなっているとのことです。

このご時世、挙式にお金をかけない傾向など多様なやり方もあるようです。

私たち夫婦は、結婚式場で挙式を挙げましたが、

このような神社での結婚式は、現代社会で生活していると少し神秘的な体験でした。

 

参進、修祓に続き斎主祝詞奏上のあと奏楽  みちびきの舞など

古式ゆかしく厳かな挙式です。

 

 

 

 

 

 

その後の、親族のみの食事ではフレンチ料理が振る舞われ和やかな時間を過ごします。

 

猿田彦珈琲とデザート

 


そして、伊勢神宮内宮の参拝と御神楽をあげて新郎新婦の前途を見守って頂きます。

 

 

つつがなく挙式が終わり、帰り道の車で女房が「趣があっていい結婚式だったね」と

ぼそっと言います。

そして、私が「ありがとう」と言うと「ん?。どうしたの」と返ってきます。

なんでもないことが非常に大切なように感じています。

 

私たち夫婦も結婚して30年余りです。

私たち夫婦がいまこうしていられるのも女房のお陰です。

 

私たち夫婦の道のりをポエム風に書いてみました。

 

天気が良く暖かな日差しの中、草木が生い茂り平坦な道を歩き始めました。

すると分かれ道にに差し掛かります。

道しるべはありません。

沢山の人が通ったと思われる足跡だけがあります。

私達は、立ち止まり相談します。

そして、歩き始めます。

途端に、道は険しい登り坂になります。

私達は手を携え支え合いながら登ります。

すると、道は開け今度は下り坂です。

怪我をしないように慎重に下ります。

下り終えて休みました。

どのくらい休んだのかも分かりませんが、

また歩き始めました。

今度は、雨です。

雨を凌ぐ場所を探しました。

私達は、冷えた身体を温めるために

身を寄せます。

雨が上がり、見上げれば果てしなく続く道が広がります。

誰も通ったことのない道です。

また、歩き始めました。

今度は、4人で...

 

これまでの経験からアドバイスをするなら

「お互いを敬い、支え合いながら歩みをやめないことでしょうか?」

 

最後に、新郎新婦の前途に幸多かれと祈る次第です。

 

皆さんどう思われましたでしょうか?。

宜しければ感想、コメントなどを頂けたら幸いです。

 

 

 

 

「辞めるのやめようかな」

皆さんどのようにお過ごしでしょうか?。

私は、ぼちぼちです。

一昨日休暇をとって自分のお医者さんと、ある人が難病で長期入院しているので、

お見舞いに出かけて来ました。世の中の皆さんが日常生活を送っている中、

私は非日常を過ごし、これからの自分がどうすべきか考えることにしました。

私は、40年近く不安神経症と付き合いながら社会生活を送っています。

今日は、3ヵ月に一度の心療内科の受診日です。

以前、女房に私の病気のことを打ち明けたこともありましたが、

子育てに忙しい女房に「そんなのは気持ちの問題よ」と言われて以来私は、

通院しているのを知らせていません。

当時は、昨今のように心の病に対してなかなか理解されませんでした。

今でも不眠が続いていますし、それにより身体は不調です。

また、何をやるにも億劫ですぐ疲れます。

何をしても気が晴れません。

皆さんが思っているより本人は生きづらいと感じます。

仕事から帰って来て、ご飯を食べお風呂に入って皆さんのブログを読んで

10時前くらいには薬を飲んで寝ます。

これが私の日常です。

気持ちの問題ではないのです。

私が、病を抱えてこれまでやってこれたのは、

働きながら子育てや家事を懸命にこなしながら支えてくれた女房の存在でした。

今でも感謝しかありません。

さて、前置きが長くなりましたが、私が、以前ブログで投稿したように夏に

退職することについてです。

最近、同い年の同僚が、65歳を過ぎても8時から14時まで5時間のパートタイムで

働き始めました。感想を聞いてみると、

「給料は減るけど年金も貰っているし、自由な時間が増えて無理せずに働けているよ」とのことです。

よく言われるワークライフバランスが良いのでしょう。

私はといえば劣悪な職場環境と所属部署の人間関係に嫌気がさして65歳を機に

退職しようと思っていました。

しかし、退職してその後どうのように過ごしたらいいか検討もついていません。

今ではブログを投稿をしていますが、記事は拙いものですし投稿数も多くありません。ましてや収益化など夢のまた夢です。

そんなことを考えても答えは出ません。

そこで、ブログが成長するまで二足の草鞋を履くことにしました。

要するに、パートタイムで働きながら空いた時間をブログ記事の投稿に充てようと

平凡な私は決断しました。

そして女房に「65歳からはパートタイムで働くよ」と伝えると

「そう、私も70歳まで働きたいの」と返ってきます。

更に「無理せずに働いて、本当に嫌になったら辞めればいいよ」とも

言ってくれました。

近くに女房のような良き理解者がいてくれて有り難いものです。

私は、「ありがとう」と返しました。

皆さんどう思われたでしょうか?。

特にやりたいことが見つけられず、定年まで会社に勤めて65歳を過ぎても働き続ける。これが実情です。

更に言えば、息子世代は、少子高齢化が進み定年退職の年齢も

引き上げられるでしょう?。

それと同時に年金などあてに出来なくなるのも目に見えるようです。

若い世代はそれなりの備えが必要だとも思います。

この様に漠然と将来のことを不安に思うのは、病のせい、それとも・・・

 

宜しければ、感想、コメントなど頂ければ幸いです。

カフェにて思案

 

井上陽水さんの世界

皆さんは、井上陽水さんをご存知だろうか?。

ウィキペディアによると、1948年生まれで今年76歳のシンガーソングライターです。

私より11歳も年上です。1973年にアルバム「氷の世界」をリリースし、

発売から2年後の1975年8月に日本レコード史上初のLP販売100万枚突破の

金字塔を打ち立てました。

私が高校1年生の時の出来事です。

アフロヘアーにサングラスをかけギターを弾き楽曲を唄うといったスタイルでした。

吉田拓郎さんが生活派ソングというべきフォークを唄い、

陽水さんは

「どうしようもない時代に生き続けなければわれわれに慰みを与えてくれている」

と言って穿ったうたを唄いました。

そのスタイルや楽曲に衝撃を受けたのを今でも忘れません。

「傘がない」「夢の中へ」など数々の名曲がありますが

印象的な楽曲に「傘がない」があります。

ピアノが鳴りドラムが続くイントロのあとに「都会では...」と詩が始まります。

私個人の感想ですが、世の中では様々なことが起こります。

その出来事を憂いているものの現実は、自分のことで精一杯で

どうすることもできないもどかしさを「それはいいことだろう」と綴っています。

現代では、社会、政治、経済、環境、国際情勢などを色々な方が憂いていますが、

陽水さん曰く「問題は今日の雨、傘がない」のです

私のサブブログの「ごんじぃのひとりごと」は日常の出来事の違和感を

斜め下から見た様子を記事にしています。

穿った見方をするのは

少なからず陽水さんの影響があるのかもしれないと思う次第です。

皆さんは、高校生くらいのとき影響をうけたアーティストはどんな方ですか?。

宜しければ、感想、コメントを頂ければ幸いです。

 

 

 

穏やかな春の日にイチゴ狩り

皆さんどのようにお過ごしでしょうか?。

季節は巡って、寒かった冬から桜が咲きほこる春になり、

過ごしやすい日々が続いています。

通勤時に初心者マークをつけた自動車をよく見かけるようになり、

入学とか新社会人とか新しい生活が始まっているように思えます。

私達家族も新しい生活が始まりました。娘は保育園を退職し、孫は小学3年生になり、息子夫婦も地元に転勤して来ました。

さて、昨日は家族でいちご狩りに行ってきました。

孫も娘もイチゴが好きで楽しみにしていたようです。

完全予約制のイチゴ園で1時間食べ放題でした。

6棟のビニールハウスにイチゴがたわわに実っています。

ビニールハウスの中にイチゴのうね

食べごろのイチゴ

孫達は、大きく完熟したイチゴを摘んで練乳につけて頬張り「あま〜い」とか

「美味しい」と言ってイチゴを堪能していました。

孫は自分の耳くらいのイチゴを私に見せて「大きいでしょう」と言い、

息子はスーパーで売っているイチゴより「断然美味しい」と笑みを浮かべます。

私は、そんな家族を微笑ましく見ています。

最初は、そんなにもイチゴを食べれないと思っていましたが、

大きくて甘そうなイチゴを探して食べているとあっという間に

1時間過ぎてしまいました。

授粉はミツバチのようです

イチゴのお土産



お値段は少し高めですが、自分が摘んだイチゴを食べたり、

「こっちの方が大きくて甘い」などと言いながら

家族でワイワイといちご狩りをすることもいいものです。

昨今、テレビやネットを見ても暗いニュースばかりです。

(私が好んで観てる説あるかも)

今日は、このような楽しい時間を過ごせたことに感謝したいと思う次第です。

 

 

 

 

ブラック企業は、なくなればイイのに!

皆さんはこの記事をご存じだろうか?。

NHKニュースによると、大阪の認定子ども園で常勤の保育士さんのほとんどが

今月末で一斉に退職の意向を示していて、保護者が戸惑っているとのことです。

私の娘も保育士ですが、3月末で退職しました。

同僚の保育士さんを含め3人が退職したそうです。

このようなことがニュースになるのも珍しくなくなってきたように思います。

娘が退職した理由も何となく想像できます。

娘に聞いてみるとシフト勤務の割には時間外手当が正確に支払われないとか、

保育士の業務以外の作業をさせられる。

例えば草刈機を使っての除草作業があったり、

トドメは毎日のようにおこるモンスターペアレントの対応に心が折れたそうです。

さて、ハラスメントとかコンプライアンスを守れずお客様(保護者)に迷惑をかける。

疑念を持たれるなど社会的信用を失うことはこのご時世、致命傷だと

経営者は肝に銘じなければと思います。

私が若い頃「人材」をこれからは「人財」と言いましょうと上司に教わりました。

私の会社は、職人的な仕事が多く「人財」を育成するには、

時間とコストがかかります。

なので人財育成活動とか技能伝承活動は盛んに行われています。

保育士さんは子どもさんを育てるお手伝いをしているわけですが、

子ども一人一人の個性に合わせ臨機応変に対応し経験値を蓄え、

更によい保育が出来るように日々努力していると思われます。

私の会社で言うところの「人財」なのです。

例えばですが、出来る保育士さんたちが「もうこんな保育園はいやだ」と去った

保育園にはそこそこの保育士さんが残ります。

すると、保育園は新しい人を雇いますが、先ほども述べたように

一長一短で上手く仕事が回りませんそこで、先輩保育士さんの負担が増えるわけです。そして、負のループが生まれるのではないでしょうか?。

その結果、子どもさんたちの生命が危機に晒される機会が増えると思われます

もう一度言いますが「ブラック企業は、なくなればイイのに!」

しかしまずは、この5年間、懸命に働いた。

娘に「お疲れ様」と労ってあげたいと思う次第です。

 

今後の人生に幸あれ